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前橋地方裁判所高崎支部 昭和46年(ワ)16号 判決

原告

斉藤吉美

被告

大木達男

ほか一名

主文

被告らは各自原告に対し五七万九三四五円及びこれに対する昭和四七年七月一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを一〇分しその七を原告の、その余を被告らの各負担とする。

第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一申立

(原告)

一  一八八万三二二六円及びこれに対する昭和四七年七月一日から完済まで年五分の割合による金員の連帯支払

二  訴訟費用被告ら負担

三  仮執行の宣言

(被告)

請求棄却、訴訟費用原告負担

第二主張

一  請求の原因

1  事故

原告は次の事故により負傷した。

(一) 日時 昭和四四年五月九日午後七時二五分頃

(二) 場所 藤岡市藤岡一七七〇の五先市道上

(三) 加害車及び運転者 軽自動車(六群き六〇七二)

被告達男

(四) 被害者 原告

(五) 事故態様

前記場所を自転車で通行中の被害者に加害車が追突、被害者に右足関節、右側頭部、右頬部、右肩部挫傷、両膝関節挫創、左膝蓋骨亀裂骨折の傷害を与えた。

2  責任原因

被告達男は前方不注視の過失により本件事故を惹起したものであるから民法七〇九条により、被告英世は加害車の保有者であるから自賠法三条により責任を負うべきである。

3  後遺症

原告は同四五年七月四日頃から、発熱、頭痛、嘔気などを訴え医師の診断を求めたところ、第四、第五頸椎にかなりのズレのあることが発見された。

4  後遺症による損害

(一) 治療費 六六万九六二六円

同年七月から同四七年五月三一日までの分である。

(二) 休業補償 八一万三六〇〇円

労働省昭和四三年賃金構造基本統計調査報告によると三六才女子一ケ月の平均賃金は約三万三九〇〇円であるが、原告は昭和四五年七月以降継続して就労できずこの状態は今後も相当期間継続する模様である。原告の後遺症の程度は労災保険九級に該当するので労働省労働基準局昭和三二年七月二日付労基発第五五一号通達による労働能力喪失率三五%、継続期間六年の基準により算出される喪失金額八五万四二八〇円に比し頭書の金額にとどめる。

(三) 慰藉料 四〇万円

原告は本件後遺症のため、同四五年八月二女を引きとつて夫と離婚の已むなきに至つた。

二  請求原因の認否と抗弁

1  請求原因1の事実中(一)ないし(四)は認める。(五)の追突の点は否認、その余は不知。

2  同2の事実中被告英世が加害車の保有者であることは認めるが、その余は否認する。

3  (示談)被告らは今後賠償請求しない特約にい基づいて原告に保険金を受領せしめたもので、本件は一切解決ずみである。

4  (過失相殺)本件事故は原告が無灯火で、いつたん道路左側に移つて正視の進行を始めながら、無謀にもセンターラインに近づき進行して加害車の前方に突如進出したために発生したもので、原告の過失割合は八割以上で、被告の責任は既に充分果されている。

三  抗弁事実の認否

1  原告は被告らとの間に昭和四四年七月九日示談をなし、同年一二月三一日までに治療費二三万九九七〇円、看護料四万八四四円、慰藉料二五万円の支払を受けたが、右示談においては後遺症があるときは一切その補償をする旨の特約がある。

2  原告の過失は否認する。

第三証拠〔略〕

理由

一  請求原因1(一)ないし(四)記載の事実は当事者間に争がない。そして、〔証拠略〕によれば同(五)記載の事実を認めることができる。

二  被告英世が本件加害車の保有者であることは当事者間に争がない。被告達男の過失について判断するに、〔証拠略〕によると、同被告には、五〇~六〇メートル前方の先行車に注意を奪われて進行したため原告が同被告の進路前方右側の路次から出て来たのを発見するのが遅れた過失があつたことが認められ、これを覆すに足る証拠はない。とすれば、一先ず被告らは本件事故により原告の蒙つた損害を賠償すべき義務があるということができる。

三  そこで被告らの抗弁について按ずるに、被告らは示談により原告の爾余の損害賠償請求権は放棄されたと主張するところ、原告と被告らとの間に示談が成立したこと自体は当事者間に争がないが、原告は右示談において将来の後遺症の保障は留保する特約があり、したがつて後遺症に対する損害賠償請求権は放棄されていないと争うので判断する。〔証拠略〕を総合すると、原告と同被告とは昭和四四年七月九日いずれも代理人である原告の当時の夫関口栄一と同被告の兄被告英世とを意思表示の当事者として、主として被告達男の刑事処分に対し被害者との間に示談が成立したことを立証する資料とすることを目的として示談書を作成したこと、右示談書作成当時は原告の病状の推移が把握し難い状況にあつたため後遺症あるときは一切の責任を持つこと、という条項を入れて示談書を作成し、同被告はこれを捜査当局に提出したこと、そして、その後原告の病状は快方に向い、同年一二月頃には天候の悪いときだけ頭痛がする程度で、医師からもだんだん動く方が良いといわれるようになつたので原告もあと一、二ケ月すれば通院の必要もなくなることと思い、同月三一日同被告との間に最終的な示談書を作成したこと、右示談には原告側から原告と原告の実兄、被告側から被告英世が出席し、立会人として高嶋九三の立会を求めて話合い、被告側が原告に対し治療費二三万九九七〇円、慰藉料二五万円、看護料四万八四四円合計五三万八一四円を支払い、かつ同四五年四月末日までに発生する治療費を負担することで示談が成立し以後一切異議を申立てないことを約したこと、そして右金員のうち五〇万円は自賠責保険金から支払われたこと、をそれぞれ認めることができ右認定に反する証拠はない。右の事実によれば、原告は本件事故につき最終的に右二回目の示談による示談金額の支払を受けることで満足し、その余の賠償請求権を放棄したものというべきである。

四  しかしながら、不法行為による損害賠償に関して示談が成立した場合においても、右示談が全損害を正確に把握し難い状況のもとにおいて早急になされ、かつ小額の賠償金をもつて満足する旨の内容を有するものであるときは、示談によつて被害者が放棄した損害賠償請求権は、示談当時予想していた損害についてのもののみと解すべきであつて、その当時予想できなかつた不測の再手術や後遺症がその後発生した場合その損害についてまで、賠償請求権を放棄した趣旨と解するのは当事者の合理的意思に合致したものとはいえない(最判昭和四三年三月一五日民集二二巻五八七頁参照)から、この点について考える。〔証拠略〕によると、原告は第二回示談成立後の昭和四五年七月頃から頭痛、肩こり、発熱などの症状を呈するようになり、医師の診断を求めたところ、頸部レントゲン撮影の結果第四、第五頸椎に本件事故により併発したものと推定されるズレがあることが発見され、同四七年五月三一日群馬大学医学部附属病院において頭部外傷後遺症として労災保険級別九―一三級に該当する旨の診断を受けたこと、右障害の治療のため同四五年七月一日から同四七年五月三一日までの間に原告は治療費六七万七五〇一円を要したこと、右障害のため原告は長時間首を下に向けておくと肩がはるようになり、労働能力に影響を受けていること、以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

右の事実に前記三認定の事実を勘案して考えると、本件示談においては本件後遺症による損害賠償請求権は放棄されなかつたものと認めるのが相当である。

五  そこで原告の損害について判断する。

1  原告が治療費六七万七五〇一円を要したことは前認定のとおりである。

2  〔証拠略〕によると、原告は昭和九年二月生れの家庭の主婦であることが認められるところ、主婦の逸失利益は女子労働者の平均賃金に基いて算定するのが相当と思料されるところ、昭和四三年賃金センサスによると三六才女子の平均賃金月額は三万三八七五円であり(顕著な事実)、原告の後遺症の程度は前認定のとおり労災保険九級であるから、原告の労働能力喪失率を三五%、労働能力喪失の存続期間を発症時から六年と認めて算出すると、原告の逸失利益額は八五万三六五〇円となる。

3  本件後遺症に基づく慰藉料は後遺症の程度、その存続期間その他諸般の事情を斟酌すると四〇万円をもつて相当とすると思料される。

六  すすんで過失相殺について判断する。〔証拠略〕によると、本件事故現場の市道は幅員一〇・六米、アスフアルト舗装の南北に走る平坦な直線道路であるところ、被告達男は加害車を運転して南方から時速約六〇キロで、前方五〇~六〇メートルの先行車のテールランプに視線を注いで走行し衝突地点前方九・五メートルに差しかかつたとき、前方八・八メートルの地点に自車前方を横断しようとしている原告を発見し急ブレーキをかけたが及ばず、自車右前部を原告の自転車後部に衝突させたこと、他方原告は右市道東側の細い路地から右市道を北進するつもりで衝突地点まで約一〇メートル斜めに横断して市道中央部分に出たところで事故にあつたこと、その際自転車は無灯火であつたこと、がそれぞれ認められる。原告及び被告達男各本人尋問の結果中、右認定に添わない部分は措信せず、他にこれを左右するに足る証拠はない。右の事実に照らせば本件事故の過失割合は概ね原告七対同被告三と認めるのを相当とする。

七  以上の次第であるから、原告の前記各項損害額に右割合の過失相殺を施したものを合算して得られる五七万九三四五円が原告の請求し得る損害額となる。そこで右金額及びこれに対する付帯請求の限度で原告の請求を理由ありとして認容し、その余を棄却することとし、民訴法九二条、九三条、一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 清水悠爾)

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